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第4回目支援 衣装ケースを届けてきました その1

 2011-06-28
第4回支援活動レポート



第3回目の支援活動の追加臨時便として岩手県宮古市に物資を届けてきました。
届けた物は衣装ケース。皆さんのご自宅の押し入れにも一つや二つ入ってるアレです。

なぜ衣装ケースなのか?
衣装ケースなんて食料の足しになる訳でもないし米や水を優先しなくていいのか、
と僕も最初は思いました。
でも仮設住宅とはいえ避難所から出て自分の住まいで再スタートを切る時に段ボール箱で作られた物ばかりじゃあんまりです。
普通の暮らしに少しでも近づけてあげたい、衣装ケースもせめて一人に一つぐらいは行き渡らせてあげたいと思い品目限定で集めさせてもらいました。

そもそもこの岩手沿岸部を支援している個人ボランティアさんの呼びかけに乗っかったカタチです。
行政にも支援団体にも衣装ケースの要望は出してあったそうです。
ところが一人一個に全然追いつかないうちに仮設住宅への入居が始まったので急遽この方が全国に
向けて呼びかけたのです。

実際、TSTSTでも募集の告知をさせて頂いて10日経っても1個も届きません。
第3回支援のメンバーは出発してしまいました。少し焦りも…
ちょうど第3回のメンバーが帰って来た頃から「16個買って送ったよ」「40個買うね」と皆様から連絡が入り
「100個行きます」と頼もしい連絡もあって、最終的には376個もの衣装ケースが集まりました。
半分は直接避難所に直送してもらい、残りの200個は東京に集まりました。


写真1 写真2


地震発生からちょうど3ヶ月になる6月11日に届けてきました。
クルマの屋根まで満載です。
支援させてもらった避難所は2カ所。この避難所では持ち込んだ物と送った物と合わせて
200個がちょうど揃いました。



写真3


写真4


ここの避難所にはこの日で140人の方が生活されています。
既に何人かが仮設に移られたりで出て行かれてるのですが、他の閉鎖された避難所からも移って来られるところなので常に多くの方が不自由な暮らしを余儀なくされています。

「あ、衣装ケース届いたんですね」

声をかけて下さった方に東京からクルマ運転して持って来たと言うと驚かれてました。
いくら軽いケースでも200個といえば相当な重さです。
しかも皆さんが送ってくれたケース…何故か重い気がしました。
きっと皆さんの気持ちが入ってたのだと思います。
でもセンチな事を言ってる場合ではありません。箱を開封して組み立てて部品付けて、の繰り返し。
避難所の方も手伝って下さって何とか終了。

避難所の入り口付近にドーンと積まれたケース

写真5


これだと確実に一人一個は行き渡ります。
でもこれだけあっても各自一個しか行き渡りません。
夏は暑く、冬は寒さ厳しい岩手県沿岸部で衣装ケース1個で済む訳ありません。
それでもきっと衣装ケースなんて買う人ほとんどいないと思います。
まずはお米や野菜、そしてクルマ(なければどうにも生活出来ない)、
そして復興住宅に入ってからの家賃、、、
衣装ケースが贅沢品かどうかはわかりませんが皆さん衣装ケースの入ってた
空の段ボールをもらいに来たぐらいです。
仮設に入っても段ボールに囲まれた生活…

何もかも津波で流された人たちです。自分の東京の家の衣装ケースを全部段ボールに代えてでもいいので
少しでもマシな生活をさせてあげたいと心から思います。


写真6




Text&Photo by Toru Konishi



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第4回目支援 衣装ケースを届けてきました その2

 2011-06-28

当初、衣装ケースだけだったのですが「何か他に要るものありますか」と聞いたところ
野菜汁を作るので日持ちする根菜が欲しいという事
だったら、ということで出発時間を遅らせてスーパーで買い物して行きました。

避難所では毎日毎食近くのスーパーからお弁当が届きます。
パッと見ただけだとそこそこ美味しそう。ですが毎食こういう揚げ物弁当。
避難所には大勢の老人が居るのに。この弁当の匂いを嗅ぐだけで吐き気を催す人もいるそうです

そこでご自身も被災されたという避難所の自治会のリーダー的な方が
みそ汁やけんちん汁を作って振る舞っておられるのです
避難所内の一角にカセットコンロを設置して、一人一袋のみそ汁を大量に鍋に入れてみそ汁を作ります。
面倒だけどこれしか無いのです。
本当に少量で申し訳なかったのですが、これで数日間は避難所で生活されてる方も
「弁当以外の何か」も食べることが出来たと思います。


写真7


写真8


写真9


最近よく「支援のカタチも変わってきている」「違う局面に差し掛かってる」という台詞を耳にします。
確かに状況は日々違ってきています。
ですが被災地で、被災者の方々は3ヶ月で何か変わったのでしょうか。
変わったのは支援する側の人間の都合や気持ちだと僕は思います。
自分のところで支援物資を取りまとめていますが数は大きく減少してしまいました。
「物資による支援」をやろうにも出来ない状況です。
被災地では芸能人の炊き出しも来なくなりました。

「トイレットペーパーが足りません」「食料が足りません」という状況は何も変わっていないのに。
空腹のおなかは相変わらず満たされていないのに。
被災地の皆さんの心は3月11日からポッカリと穴が開いたままです。
何も満たされてはいないのです。
支援は何の成果も出していないのに等しいと言える状況です。
こちら(支援する側)が勝手に立ち止まって考え事や議論してても仕方ない。
まだその時期に達していないと思います。

仮設への入居は自立に向けての大きな一歩ですが、ほとんどの方は住む家を失い全財産を失い、
仕事も失ったのです。
今は出来るだけ支出を少なくして、新しいスタートを切る準備に備えなくてはなりません。
なので物資による支援はまだまだ続けて行こうと思います。

まだ3ヶ月しか経っていません。
大通りに面したところでは津波の爪痕もほとんど残されてはいません。
ですが少し中に入るとほとんど手つかずの状態のままです。


写真10


写真11


何とか東北の人を支えたい」「出来る事は何だってやるよ」「これは長期戦になる」
3ヶ月前に自分は東京でどう思ったか。どういう気持ちだったか。

宮古市街地で震災3ヶ月の黙祷のサイレンを聞きながら改めて考えさせられました。


写真12



Text&Photo by Toru Konishi


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