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第2回目支援  参加メンバーのコメント

 2011-05-18
2011年5月4日


私たちはボランティアのプロではありません。
何か少しでも、被災地の方の力になりたくて
岩木登さんのもとに集まりました。
3月の震災から約2か月後に現地入りし、
活動を終えた5月4日の夜、今回参加したメンバーに
それぞれの参加のきっかけや
活動を終えての気持ちを聞いてみました。





小城崇史(写真家・東京/動画記録、個人宅訪問班)

 地震が起きたとき、“震度いくつ、震源はこのあたり”というところまではすぐに
イメージできました。しかしそのあと、いったいどんなことが起きるのかまでは、
まったく想像できなかった。徐々に明らかになっていった被災地の現状は、本当に
想像を絶するひどいものでした。
 そして3月下旬、知人の手伝いで宮城県亘理町に支援物資を運び、今回の震災が
「未だかつてない規模のもの」であることをはっきり認識しました。それでもこの
時点では、心のどこかで「いつか終わる」という甘い考えがありました。震災が起
きた。微力だけど何かした。それでいいじゃないかという、どこか他人任せな甘え
でした。青森県で取材中に被災した、写真家の大先輩である岩木さんから「東北を
支援しよう」というメールをいただいたときも、最初「それってたぶん、時間が解
決する問題じゃないですか。でもクルマ出すくらいだったら手伝いますよ」という、
今思うと随分と間抜けなお返事を書きました。
 第1回の支援物資輸送に参加して、実際に岩手県沿岸部の被災地に足を踏み入れ
てみたら、そんな生易しいものではなかった。3万人の方々が亡くなり、10何万人
の方々が避難を余儀なくされている。これってもう、地域紛争レベルの出来事です。
今、自分の国で起きていることに対して、目をつぶって何もしないってことはあり
えない。自分に今できることは何なのか、正解なんかどこにもないであろうその答
えを求めて、この活動に参加しています。






菊池くらげ(写真家・東京/現地情報収集、対話係、個人宅訪問班)

 岩手県出身なので、自分にも何かできないだろうか、という気持ちで参加しまし
た。見慣れた風景が震災や津波被害でどんどん変わっていくさまをテレビで見て、
なんにもできない自分がはがゆくて、悔しかった。でも現実はそれ以上に被害が大
きく、すごすぎて。自分には何ができるのか全然わからないし、今回来たことも、
役に立てているのかどうか、わからない。でも今後も、ほんのちょっとでも、何か
力になれるような支援を続けていきたいです。







沼田孝彦(写真家・仙台/現地情報収集、先遣隊、現場サポート)

 地震発生時、旅先にいた私がやっと帰宅できたのは、震災12日後。普段生活し
ていた環境全てがひっくり返り、非日常が日常となる、まるで違う世界に変化し
ました。自分はカメラマンとして何が出来るのか? 普通の日常があるからこそ、
余剰で活躍の場がある事実に、無力さ挫折感に、憤りを感じていました。そんな
中、写真家である岩木登氏が“岩手に支援物資を持って行きたいので、協力者を求
めている”と、同じ写真家である小西徹さんから教えていただき、すぐに協力を申
し出ました。今回、賛同してくださった方々が集い、お汁粉の炊き出しやマッサ
ージ、被災した方たちとコミュニケーションを取りながら、我々も救われる思い
で学び、この気持ちを発信しよう、そう感じました。






中野理一(プログラマー・東京/コーヒー沸かし隊)

 尊敬する友人、岩木の撮った大槌町の写真を見て、“これは日本人として現地を
見なくてはいけない”と思い参加しました。できることを、できる人が、できるだ
けやればいいというスタンスで、長いスパンで支えていこうと思います。






武井里香(写真家・東京都/記録、個人宅訪問班)

 被災者の方々に元気を送れるような写真を集めて、巡回写真展をやってみたいと
思っていました。今回は実際に被災地を訪れ、チームに貢献できることを模索しな
がらの参加。しかし現実は、想像を越えるものがありました。被災地の方々はきっ
と、十分に理解しきれていない私たちをわかっていながら、受け入れてくれのでは。
こんなに懐の広い人たちに、今、見てもらうべき写真って…? 今は私にできるこ
とをやる、そしていつか、彼らの気持ちに寄り添えるような写真展ができればと思
っています。







矢野恵理子(食品メーカー勤務・東京/炊き出し班)
 
 自分が現地を見て帰ってくること、次につながる方たちを一緒に連れて行くこと。
それが私の使命だと思い、多くの方々にTSTSTの活動について声がけをしました。
するとたくさんの食材が集まったので、炊き出し班を結成することに。もし、避難
中の方たちに受け入れられなければ、食材はすべて持ち帰ろう、そんな気持ちで参
加しました。ところがふたを開けたら、美味しい美味しいと食べてくださる方々に
提供することができて、心からほっとしました。何かを求めて参加したわけではな
いけれど、でも、やっぱり誰かに喜んでもらえるってこんな素敵なことなんだと、
感謝の気持ちでいっぱいです。






佐野英子(東京/炊き出し班)

 知人の矢野さんからTSTSTの活動を紹介されたとき、当初は参加を迷っていまし
た。しかし、周囲のみなさんが続々と参加表明されるのを見るうち、徐々に気持ち
が変わって、自分にも何かできることがあるかもしれない、と思えるように。能動
的ではなかったので、あまり積極的に動けていなかったと思うのですが、とても有
意義な経験でした。






須崎こう(西多摩郡/炊き出し班、読み聞かせ)

 これまで、なかなか被災地ボランティアに参加することができなかったのですが、
岩木さんと知り合いだったことがきっかけで、今回の支援活動に参加できたことを
とても感謝しております。ふだん、子どもに読み聞かせをしておりますので、実際
の現地の子どもたちの様子を自分の目で見て、感じ、それらを、東京から支援物資
を送っている友人、知人たちに伝えられれば、と思っていました。今後もこのチー
ムの中で、何か役立つことを、自分なりにやっていければと思います。






松本 寛道(市議会議員・柏/炊き出し班)

 私は柏に住んでいます。千葉県の柏市では大きな被害はありませんでしたが、そ
れでも震災直後、市民は水やガソリンが入手できなくなるなど、大きな不安を抱え
ました。行政も混乱しました。しかし柏のおそらく数千倍、数万倍の被害を受けた
被災地では、行政はどんな対応をしているのだろうか。そして、私たち市民レベル
ならではの支援があるのではと思い、今回参加をいたしました。
 やはり、現地の方たちは本当に大変な状況で頑張っていらして、そこにカレーと
ナン、お汁粉とコーヒー等を届けられたことがうれしかったです。最後は手を振っ
て見送ってくださり、逆にこちらが感謝しています。






加藤恵美子(東京/コーヒー沸かし隊)

 私は、ボランティアや支援活動をするようなタイプじゃないし、自分が行ったと
して、どれぐらいのことができるんだろう、と思っていました。でも、岩木さんが
「ふだん、被災地支援なんか絶対に行かないようなやつが、現地へ行って衝撃を受
け、価値観が崩れるようなことが必要だ」とおっしゃるので、じゃあ、私も行って
みようと。行って見てみないと何もわからないし、何もできなかったとしても、感
じてみようと。「それでいいんだよ」って言われて、みんなと協力しあってやって
みたら、とても勉強になりました。現地の方のあたたかい心に触れ、痛みに触れ、
東北の古い歴史にも触れて…これまで東北とはまったく関係なく生きてきた私と、
東北の歴史と、今と、いろいろなことが重なり合ってドッと押し寄せきて。今はま
だ少し、パニクっているところです。





土川俊樹(銀行勤務・東京/炊き出し班)

 今回、陸前高田での炊き出しの打ち合わせに同行してみて、ただ物資を運んで炊
き出しを行うのではない、新しく復興の道を見つけることにつなげる支援というの
は、非常に難しいということをつくづく感じました。また、このチームの活動内容
を振り返ってみても、ボランティアといっても、単に行くだけではダメなんだとい
うことも、よくわかりました。今回は受け入れてくれた避難所が多かったという意
味で、成功だと思いますが、こういった支援が積み重なっていくことが大切なのだ
と思います。機会があったら、今度は子供たちも連れて行きたいと思います。






谷畑まゆみ(編集者・松戸/活動記録、個人宅訪問班)

 この2月、自分にとって大きな存在だった方が急逝し、衝撃を受けました。そし
て3月11日、初めて、もしかして自分も死ぬかもしれないと思いました。揺れも
涙も止まったときに残ったのは「今、自分にできる何かをしたい」という感情。
引き寄せられるように活動に参加していました。
 避難所では炊き出しの誘導と簡単なマッサージ、個人宅への物資お届けなどを担
当しました。日々、さまざまな葛藤もありましたが、ぽってりと厚みがあって温か
かい、岩手の方たちの手に触れているうち、胸の中が温かいものでうまってゆくよ
うな感じがしました。これからどんどん変わってゆくであろう被災地や人々から今
後も目を離さず、しっかり見つめ続けていきたいです。






小西 徹(写真家・東京/記録、支援物資管理、個人宅訪問班)

 震災から3日後、連日壮絶な被害状況が報道され、それを見ながら“もう明日死ぬ
かもしれない、明日生きてたら全財産を募金して、ボランティア活動を始めよう”と
思いました。阪神淡路のときはなにもできなかったし、ちょうど人生の折り返し地点
にきて、自分の人生これでいいのか、という気持ちもありました。しかし、いざ支援
しようとしても何をすればいいかわからない。募金する、自分で募金箱を持って立つ、
ブログで呼びかける等してみては、本当にすべき支援はこれなのか、自問自答の連続
でした。そんな中、ブログを見て岩木さんに、何か自分にもお手伝いをさせてくださ
い、と飛び込んだのです。
 総括的な話しをすれば、今回の2回めの支援を行い、現地の方と触れ合えて、よか
ったんじゃないかなと思います。でもその反面、みな感じていたと思うのですが、
「これぐらいでいいのかどうか」という迷い。それをもういっぺん、気にしないとだ
めなのかなあと。現地入りする前に、東京で“こんなニーズがあるだろう、これは喜ば
れるんじゃないか”、とあれこれ議論しましたが、事態はもっと深刻なんじゃないか。
自分たちがやってきたことと、現地のニーズでは、実はすごくギャップが大きいんじ
ゃないかという気づき。まだまったく手つかずで、ご遺体を捜索しているような状況
の街へ行くのに、“コーヒー飲みますか”とか“いや、それはお汁粉のほうがいい”など
と議論をするのではなく。
 東京にいながらの支援というのは、このように、やっぱり少し限界があると思うん
です。でも、TSTSTの活動の場では、そういった迷いも、みんなで一緒に考えて行け
たらと思っています。自分も何かしたいけど、どうしたらいいのかわからない。そん
なふうに苦しんでいる人たちにとって、多少なりとも“駆け込み寺”のような存在にな
れれば。ともに活動してゆきましょう。



Text by Mayumi Tanihata

Photo by Toru Konishi




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